フィリピンはなぜ早々にロックダウンしたのか?
フィリピンでは新型コロナウイルス感染防止のために「強化されたコミュニティ隔離措置」が実施されています。
首都マニラを含むルソン島全域が3月15日から、そして3月28日からはセブ州全域も封鎖されました。
4月7日には、4月12日までを予定していたルソン島のロックダウンが、4月30日までに延長されることが発表されています。
最初にロックダウンが始まった3月15日時点で、フィリピン国内の新型コロナウイルスの感染者は累計140人、死亡した人は12人でした。
ちょうど同じ頃の日本は、感染者数累計699人、死亡者21人です。
数字だけ見れば、日本の方がよっぽど深刻で、フィリピンはまだ抑えられているように見えます。
しかし、それでもドゥテルテ大統領は「Enhanced Community Quarantine」(=事実上のロックダウン)へ踏み切ったのです。
■脆弱な医療体制
最初は「感染者が1,000人を超えない限りマニラ首都圏は封鎖しない」と言っていたドゥテルテ大統領ですが、その2日後にはロックダウンを宣言。
海外渡航歴のないフィリピン人からも感染が見つかったことが、引き金となったようです。
フィリピンが他の諸外国と比べて早々に封鎖を実施した理由には、脆弱な医療体制があるとされています。
ドゥテルテ大統領は最初から、医者も病院もベッドも何もかもこの国には数が足りていないことを知っていたからこそ、これ以上の患者を増やすわけにはいかないと考えたのです。
■フィリピンの医療レベル
そもそもフィリピンの医療レベルはどのようなものかというと、都市部と地方で大きな差があります。
マニラ首都圏にある大型の病院に関しては、日本の病院と比べても遜色がないほど最新鋭の設備を備え、院内も清潔で、外国人でも安心して受診できるレベルです。
しかし、地方の病院は設備が揃っていないだけでなく技術面でも都市部には追いついていません。
衛生面で見ても不安があり、日本人がかかる水準とは言えないレベルです。
要するに、比較的裕福なエリアにある病院は水準も高いですが、貧しい地方ではまともな医療機関はないに等しいということ。
中にはヒロット(フィリピンの民間療法)や祈祷などに頼っている地域もあります。
医療費に関しては、医師に直接払うもの(ドクターズフィー)、検査費用、処置費用、治療に使った物品の費用、薬代、入院した場合は入院費がかかります。
保険に入っていない人が多く、医療費は全額負担が当たり前です。
たとえば普通の風邪をひいて受診したとしても、薬代を合わせて1,000ペソ(約2,000円)程度かかります。
フィリピン人の平均給料が8,000〜12,000ペソ(約17,000〜25,000円)であることを考えると、かなり大きな負担です。
■医師、病床、医療器具すべてが不足
設備の整った病院が限られる上、フィリピンでは医師も看護師も、そして病床も数が足りていません。
人口10万人あたりのベッド数は、101床。
日本が1,311床なので、その数はわずか13分の1です。
医師の数は、日本が31万1,205人、フィリピンは4万775人ほどだそうです。
フィリピンの人口は近年飛躍的に増加し、もはや日本の人口と大差ないくらいですが、医師は必要数に追いついていないのです。
その理由としては、有能な医師ほど海外に出稼ぎに行ってしまっていることが挙げられます。
また、貧しくて大学に行けない人が多すぎることも、医師が増えない要因の1つでしょう。
ベッド数や医師数に加え、医療器具も不足しています。
新型コロナウイルスによる肺炎は、重症化すると人工呼吸器が必要になりますが、その数もフィリピンでは5,250点ほどで、日本の2万2,054点には遠く及びません。
これらすべての要素を鑑みると、フィリピンでは患者が爆発的に増えた場合、対応しきれないことは明確です。
ドゥテルテ大統領は、この点を危惧して早々にロックダウンを決意したのです。
■スラム街での感染リスク
医療体制が脆弱なことに加え、フィリピンではスラム街における感染リスクの高さも大きな問題です。
経済が急速に発展し、都市部は先進国並みの様相を呈しているフィリピンですが、ちょっと外れた小道に入れば、そこにはスラム街が点在しています。
マスクはおろか、靴さえも履いていない子供が、狭い掘っ立て小屋で大家族と住んでいるのです。
スラム街ではそもそも清潔な水にアクセスすることすら出来ませんので、コロナウイルス予防策の基本である「手洗い」もまともに出来ません。
もちろん、石鹸や消毒液もなく、汚れた手で食事もします。
また、感染防止に効果があるとされている”Social Distancing”(人と人との距離を保つ)も不可能なほど、人口が密集しています。
さらに、スラムに住む人々は行政のサポートからも外れていますので、救援物資が優先的に届くこともありません。
蓄えのない彼らは、外出禁止など守っている余裕もなく、なんらかの仕事を求めて外へ出る必要があります。
こうして知らず知らずのうちに、ウイルスを撒き散らすリスクもあります。
もしもスラム街の人が新型コロナウイルスに感染しても、医療費が払えないため病院にかかることもないでしょう。
自力で回復するのを待つしかなく、家族や周囲の人々も自分を保護する手段はありません。
今のところスラム街からの感染者は報告されていませんが、もし一人でも出ればあっという間にスラム中に広まり、フィリピン市街へも飛び火していくことでしょう。
ドゥテルテ大統領はスラム街での感染リスク拡大も危惧して、できるだけ早く接触を避けさせるために、ロックダウンを早めたのかもしれません。
■現在のマニラ、セブ
現在のマニラやセブは、外を出歩く人々も走る車もほとんどいなくなり、とても静かで閑散としています。
かつで大渋滞を起こし排気ガスまみれだった街中も、今は空気が澄んで遠くの山まで見えるほどです。
出かけられるのは1家庭につき1人だけで、それも食料品など生活必需品を買い出しに行く時だけ。
学校もショッピングモールも娯楽施設も美術館も教会も工場もすべて閉鎖し、まるで映画の中のゴーストタウンのようです。
バス、タクシー、トライシクル、電車、Grabなど、公共の交通機関も全部ストップしています。
経済的にどれほど大きな打撃となっているかは計り知れませんが、ドゥテルテ大統領としては今はそんなことを言っている場合ではないと判断しているのでしょう。
国民も不自由な生活を強いられながらも、彼の考えを支持し、忠実にルールを守って粛々と生活しています。
ただ、ロックダウンによって職を失ってしまった人々も大勢おり、彼らの生活は困窮しています。
先日はケソンで抗議デモも起こっており、ロックダウンが長引くことで治安の悪化も懸念されています。
■日本はどうなる?
フィリピンがこのような大規模な都市封鎖を行なっている中、日本では今日やっと「緊急事態宣言」が出たばかりです。
感染者数は全国で361人、死者は98人となっていますが、安倍首相は「日本は海外のような都市封鎖はしない」としています。
経済的な損失を少しでも抑えるためでしょう。
デパートなど多くのお店は自主的に閉店しています。
ただ、海外からはやはり「対応が遅すぎるのでは?」との批判もあるようです。
このままだとニューヨークの二の舞になる・・とも言われている日本ですが、ここからが正念場と言えそうです。
政府の指示を待たず、自分から外出を避けるように個人個人が意識を持てば、今後の爆発的な感染は避けられるのではないかと思います。