対立するドゥテルテ政権とABS-CBN
強権的な政策を進め、賛否両論の激しいドゥテルテ政権。
麻薬撲滅政策では”超法規的”と言われる形で多くの人々が殺され、日々人権団体やメディアから批判を浴びています。
フィリピンには、ドゥテルテ批判で有名な「ラップラー」をはじめ、多くのメディアが存在します。
ドゥテルテ大統領は、自身に対して批判的なメディアにはとことん攻撃的な姿勢を示しており、ラップラーの社長であるマリア・レッサ氏はこれまで何度も”名誉毀損”の罪で逮捕されてきました。
そして今、ラップラーと同様に、政府に批判的であることが理由で経営存続が危ぶまれているメディアがあります。
ABS-CBNです。
<ABS-CBNとは?>
ABS-CBNは、フィリピンを代表する放送局であり、フィリピン最大のメディア企業です。
フィリピンの財閥の1つ「ロペス一族」が経営しています。
テレビ、ラジオの他、国際向けのケーブルテレビ放送や多数の雑誌発行も行なっており、フィリピンに住んでいれば毎日どこかでABS-CBNのメディアを目にするでしょう。
実は日本のNHK BS1では、ABS-CBNの老舗番組である「The World Tonight」が日本語通訳付きで放送されています。
<廃業に追い込まれる?ABS-CBN>
今回、ABS-CBNの営業権を更新するかどうかの下院法案が提出される予定でしたが、その法案が凍結されました。
下院審議は7月22日に再開される予定ですが、法案の再提出がなければABS-CBNは閉鎖に追い込まれる可能性が高くなります。
アロヨ下院議長は「審議案件はすべて終了した」とコメントしており、ABS-CBNの法案凍結については一切触れず、まるでなかったことのように振舞っているとのこと。
もともとアロヨ下院議員は汚職や選挙法違反で逮捕されていましたが、ドゥテルテ大統領の手によって復権させられていました。
今回の法案凍結も、ドゥテルテ大統領の図らいであることは濃厚です。
<ドゥテルテ大統領がABS-CBNを嫌う理由>
ドゥテルテ大統領とABS-CBNが対立するきっかけとなった事件は、彼がまだ大統領に就任する前に起こりました。
2016年5月当時、フィリピンでは大統領選が行われていましたが、ABS-CBNがドゥテルテ氏の選挙広告放送を拒否したのです。
さらに、ドゥテルテ氏のライバルであったトリリャネス上院議員による反ドゥテルテ広告を積極的に放映したことで、その敵意を露わにしました。
これによって、ドゥテルテ大統領はABS-CBNの存在を忌々しく思うようになります。
<「営業許可は絶対に更新させない」>
いよいよドゥテルテ大統領が就任となり、ABS-CBNは反撃を受けます。
2016年11月から営業権許可の法案審議は凍結され続け、逆にドゥテルテ肯定派メディアはあっさりと営業を許可されてきました。
そのあからさまとも言える対応の違いには、自分に楯突く者は絶対に認めない、といったドゥテルテ大統領の強固な姿勢が表れています。
「ドゥテルテ大統領が営業させない方針である限り、法案が審議される可能性は低い」と話す下院議員もいます。
事実彼は去年ABS-CBNに対し「お前たちはもう終わりだ。営業許可は絶対に更新させない。」と通告し、「お前らは泥棒猫だ」と罵りました。
<ABS-CBNの新たな一手?>
ABS-CBNはドゥテルテ大統領のこういった激しい反撃に対し、特に大きく反発はしていないようです。
このままでは本当に閉鎖となるでしょう。
ただ、現代はインターネットを使って配信するサービスが数多あります。
ABS-CBNは、オンラインサービスを強化していくとも見られており、テレビがもしダメになったらネットで発信していけば良い、と考えているのかもしれません。
とにかく、両者とも歩み寄る気はなく、自分たちの姿勢を貫くつもりのようです。
<批判的なメディアはすべて弾圧>
実はドゥテルテ大統領は、ABS-CBN以前にもたくさんのマスコミと喧嘩を繰り返してきています。
自分に対して批判的なメディアはみんな敵なのです。
これはドゥテルテ氏が大統領になる前からの話で、ダバオ市長を務めていた時代にも、批判的なコメンテーターであったジュン・バラ氏が自警団に射殺されるという事件が起きています。
さらに、この事件に対し「悪質なジャーナリストは死んで当たり前」と発言したことで、殺人を容認していると騒がれたこともありました。
この他にも、フィリピンの日刊紙「フィリピン・デイリー・インクワイヤー」のビルを突然封鎖するなど、あからさまなメディア弾圧が目立っています。
<ABS-CBNを運営する「ロペス一族」とは>
ABS-CBNを運営している「ロペス財閥」。
ロペス財閥はテレビ、ラジオ、雑誌などフィリピン国内のあらゆるメディアを手がけており、国内では非常に影響力が大きいです。
また、メディア運営は多数ある彼らのビジネスのほんの一部であり、主力となっているのは電力供給や通信など、人々の生活を根本から支えるもの。
<故マルコス元大統領との激しい抗争>
実はドゥテルテ大統領と対立するよりもずっと前、まだ故マルコス元大統領がフィリピンを統制していた時代にも、ロペス財閥と政府の間には一悶着ありました。
当時、ロペス一族はマルコス氏を支持することで、自分たちと政府の蜜月関係を築こうとしたのです。
マルコス氏を持ち上げることで一族の一人であったフェルナンド・ロペス氏を副大統領にさせることに成功した彼らは、フィリピンの大企業を次々と買収し、勢力を拡大していきました。
しかし、経済的に強大な力をつけていくロペス一族に恐怖を覚えたのか、マルコス大統領は反旗を翻します。
「既存のメディアは世論を操作して国家を転覆させようとしている」と、ロペス一族の運営するメディアを批判し始めたのです。
これがきっかけで、政権VSロペス財閥の抗争が始まります。
彼らはあらゆる手段を使って相手への攻撃をしかけ、互いに怒りを爆発させ、抗争を激化させました。
批判し合う彼らに対し、国民の間でも混乱が広がってしまったため、ある時マルコス大統領は全国放送で演説し、理解を得ようと試みます。
しかしここでロペス一族は、邪魔をしようと演説の直前に停電を発生させ、放送は中止を余儀なくされたのです。
これにはマルコス大統領も激怒し、一族のメンバーを逮捕・投獄し、ロペス一族に財閥を放棄させるに至りました。
このように最終的にはマルコス政権側が優位に立ちましたが、独裁を敷いていた彼もまた、ほどなくして失墜。
1986年にマルコス政権が倒れ、代わりにアキノ大統領が就任したことで、ロペス側は復活しました。
<マルコス氏に代わってロペス一族崩壊を目論むドゥテルテ大統領>
アキノ政権下で財産を取り戻したロペス一族。
しかし、完全なマルコス派であるドゥテルテ大統領が政権を握っている今、因縁の戦いが再開しているようです。
マルコス氏に代わって、今度は自分がロペス財閥を潰すのだと目論んでいます。
ABS-CBNを閉鎖させるのは、その一環なのです。
<今後3年間でどう動くのか?>
今年5月に行われた選挙結果から見れば、完全にドゥテルテ派が優位に立っている状態です。
野党となったアキノ派は惨敗しており、同じ土俵にすら立っていないように見えます。
ABS-CBNやその他のメディアがどれだけ批判しようとも、ドゥテルテ大統領の支持率が依然として高いことも事実です。
国民は今どのような思いで、この「政府VSメディア」の戦いを見ているのでしょうか。
かつてのマルコスの時のように、争いは激化するのか?それとも・・・
時代が変わった今、これからドゥテルテ大統領が起こすことは誰も予想できません。
1つ分かっているのは、彼が自身の強固な態度を変える気は無い、ということです。
また、2020年の次期大統領選までには憲法改正を実現させ、再選を狙うつもりなのかもしれません。
良くも悪くもカリスマ性を持ったドゥテルテ大統領が、これからの3年間どう動いていくのかに、世界中が注目しています。