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フィリピンにキリスト教が浸透したきっかけ


フィリピンは、その歴史的背景において、さまざまな国の影響を受けて現在のようになりました。

実際に訪れてみると分かりますが、フィリピンは実に多様な文化が混在しています。

フィリピンをかつて植民していた国々は複数あります。

中でもスペインは、多大な影響を与えた国の1つです。

現在フィリピン人の80%が信仰しているキリスト教は、スペインによってもたらされました。

 

そんなフィリピンですが、もともとは先住民族が住んでいた古代時代がありました。

フィリピンの古代史に関しては史料がほとんど残っておらず、謎に包まれている部分が多いそうです。

文字も物品も発見されず、どんな生活をしていたのかは想像する以外なんの手がかりもありません。

他の多くの国々の古代史と同様に、狩りや漁をしながら暮らしていたと思われます。

 

しかし、平和な古代フィリピンに転機が訪れたのは1521年のことです。

フェルナンド・マゼランという男がフィリピン諸島へやってきました。

 

「マゼラン」の名前は、一度は聞いたことがあるでしょう。

ポルトガルの有名な航海士です。

スペイン王の命令でフィリピン諸島へ到着し、香辛料を手に入れようとしましたが、フィリピン先住民との戦いで命を落としました。

当時、アメリカ大陸にはコロンブスが到達していました。

スペインとポルトガルが、世界の国々を領土をすべく大航海を行っていた時代です。

フィリピンはこの際に、スペインに狙われていたのです。

 

西洋人たちの侵略は容赦がなく、フィリピンでは多くの人々が虐殺されていきました。

また、奴隷として使われ、人々の心をコントロールするためにキリスト教も布教されました。

しかしそんな中、初めて西洋人に立ち向かったヒーローがいます。

ラプ・ラプ王と呼ばれた部族長です。

 

征服者たちがしきりにキリスト教を布教し、先住民たちがどんどんイスラム教からキリスト教へ改宗する中、ラプ・ラプ王は洗礼を受けることを拒否しました。

イスラム教を信仰していた彼は、マゼランたちの要求を受け入れなかったのです。

これに対しマゼランは、武力によって従わせようと必死になりました。

 

ラプ・ラプ王はこの戦いに勇敢に挑み、マゼランを打倒します。

マゼラン軍は敗北し、ラプ・ラプ王はこれ以降、征服者に立ち向かって勝利した戦士として歴史に名を残すことになります。

これが「マクタンの戦い」と呼ばれているものです。

 

しかし、その後フィリピンの先住民たちは次々にキリスト教の洗礼を受け、スペインの支配が進んでいきます。

 

16世紀には、すっかりフィリピンは西洋化されました。

教会や修道院が次々に造られ、「バロック様式」と呼ばれる壮麗なデザインが流行しました。

フィリピン最古の教会と言われる「サン・アグスチン教会」もその1つです。

美しいステンドグラスや豪華なシャンデリアで飾られ、現在も結婚式やお葬式に使われています。

 

キリスト教はその後も、どんどんフィリピンに浸透していきます。

そして、フィリピン人なりのキリスト教へと、少しずつ変化もしていきます。

信仰心は強いものの、戒律や教義を守るというより、何もかも神様がなんとかしてくれる!という楽天的な思想が発展しました。

南国ならではのおおらかな気質が、キリスト教の捉え方も変えていったのです。

また、聖書にある「明日のことを思いわずらうな」という教えも、彼らの中では「今を楽しもう!」という考えとして受け取られており、そのことが「持ち金を全部使ってしまう」という振る舞いにも繋がっているのだそう。

また、歌うのが大好きなフィリピン人にとって、賛美歌を歌うのは楽しく愉快なことのようです。

 

かつては侵略のための道具として使われたキリスト教ですが、独立を果たした現在のフィリピンにおいては、人々の生活を支える重要な要素となっているようです。

日本は信仰の強い人があまりいないため、初めてフィリピンへ行くと、彼ら敬虔な姿に驚くこともあると思います。

その歴史を理解した上で教会を訪れたり、彼らの信仰心を敬う心を持つことで、また違った視点からフィリピンを楽しむことができるでしょう。